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三國志で過大過小評価されている武将 三十三人目

2010/12/28 (Tue) 23:10
1 :名無し曰く、2010/11/16(火) 07:27:56 ID:oB5jhM0x
2 :名無し曰く、2010/11/16(火) 07:33:16 ID:oB5jhM0x
11での能力値の扱い

統率:部隊防御力 内政の巡察にも参照される
武力:部隊攻撃力 軍事の訓練、一騎討ちの際にも参照される
知力:戦闘時、非戦闘時問わず計略の成功率や威力 内政の兵装 舌戦に影響 助言の正確さにも
政治:内政の効率(内政施設を建てる早さ)に影響 人材捜索や部隊の建設にも
魅力:徴兵 人材登用の成功率に影響
4 :名無し曰く、2010/11/16(火) 07:41:22 ID:oB5jhM0x
以上、前スレからテンプレ移植
抜け・訂正等あったらよろしく

あと、テンプレに次スレのこと加えた方が良いんじゃない?
6 :名無し曰く、2010/11/16(火) 09:15:28 ID:GKH0agO4
>>4乙
次スレって何番が建てるかってことか?
いつもまったり進むだけだから、>>980でいいんじゃないか
7 :名無し曰く、2010/11/16(火) 12:05:07 ID:clcIH1Bd
1000なら、董卓になれる
8 :名無し曰く、2010/11/16(火) 14:14:11 ID:vUhGGpbn
>>7
そんなに董卓が嫌いかw
9 :名無し曰く、2010/11/16(火) 20:12:46 ID:7fCmWNZ9
董卓は統率70台武勇90台知力80台政治10台魅力50台くらいだと面白い感じ。
10 :名無し曰く、2010/11/16(火) 20:30:46 ID:Qn3cPbiZ
若い頃の董卓は魅力80台あってもいいのになー、とか思ったり
11 :名無し曰く、2010/11/16(火) 21:04:08 ID:7fCmWNZ9
でも、上司の張奐には嫌悪されてて、贈り物送っても突っ返されてんだよな。
高潔な人格者の張奐に嫌悪されるぐらいだから、若い頃から性格の悪さの片鱗はあったのかもしれない。
12 :名無し曰く、2010/11/16(火) 21:15:33 ID:ah/+ATfa
儒教社会だし、特段の恩義があった訳でもないのに贈物を送ったのが不味かったんじゃなかろうか
13 :名無し曰く、2010/11/16(火) 21:34:25 ID:7fCmWNZ9
>>12
董卓は張奐を尊敬してて、個人的な交際を求めて、挨拶代わりに贈り物したんだけど、
張奐は董卓の性格が嫌いだったから拒否したんだよ。
14 :名無し曰く、2010/11/16(火) 21:44:31 ID:ah/+ATfa
そうなのか。ということで調べてみた

張奐は晩年になると塾を開いて門弟を集めた
董卓は張奐の名声を慕って、兄を遣って絹百匹を送ったが
張奐は董卓の人となりを嫌っており、これを拒んだ、か

もともと嫌われていたのに、窮状に付け込むような真似をしたので更に嫌われたって感じ?
16 :名無し曰く、2010/11/16(火) 23:04:17 ID:p1VN48K6
真ん中三人は違うだろ
17 :名無し曰く、2010/11/16(火) 23:14:50 ID:YACTxvHQ
>>16
潘濬は統率70知力80政治85魅力75はあっていい実績。
文武に大きな功績がある呉の副宰相格だからな。
18 :名無し曰く、2010/11/16(火) 23:17:14 ID:C56EL70s
潘濬は孫呉に入ってから頭角現したな
19 :名無し曰く、2010/11/16(火) 23:56:52 ID:YACTxvHQ
>>18
関羽の下でも荊州治中。実質上の荊州ナンバー2なんだけど。
20 :名無し曰く、2010/11/16(火) 23:58:33 ID:rOCRufgr
潘濬は荊州寝返り組の一人として能力下げられ、特に魅力下げられてるんだろうね
演義だと孫呉時代の活躍は全てカットされ
「潘濬平生多忌而好利,不可任用」と小物扱いだし

ただ、演義でも寝返り組の糜芳士仁ほどあくどくないというか
周りの状況に流された感じだし
正史にいたっては荊州陥落後引きこもって帰順拒否してたようだし
状況的に近い黄権と扱いの差がついたのは不憫でもある
21 :名無し曰く、2010/11/17(水) 00:07:17 ID:1pr/N3u1
>>18
二十代の頃すでに劉表に認められている
孫権が潘濬を重用したのも、関羽の下で実際に荊州の行政を司る要職にいたため
円滑な占領地の統治に不可欠な人材と判断したためだろうから
実績あっての評価
22 :名無し曰く、2010/11/17(水) 00:31:03 ID:ic+Ni5d7
五渓討伐や呂壱事件での男らしさは統率20台の男のそれじゃないよな
といっても演義じゃ完全にオミットされてるのだが
23 :名無し曰く、2010/11/17(水) 01:02:16 ID:1pr/N3u1
>>22
統率は今でも60台はあるよ
24 :名無し曰く、2010/11/17(水) 01:06:14 ID:ic+Ni5d7
ごめん、メリっと低いのは武勇18と魅力21か
寥立あたりとごっちゃになってたっぽ

改めてみると適性CBCCCCは酷いと思うの
25 :名無し曰く、2010/11/17(水) 03:47:23 ID:zW/7vl9m
前スレ、最後のほうでも書いたけど、劉備はホウトウもしくは張松失った時点でほぼ終了だったのかも。
いわゆる軍師、または内政の大物が少な過ぎる。
魏はゴロゴロいる。
ホウトウのほうが諸葛亮より戦い向きだったと聞くし、関羽配置は苦しい人選の末かな?って。
関羽は諸葛亮の戒めを破ったし、上がいないと増長するタイプ?
26 :名無し曰く、2010/11/17(水) 03:54:03 ID:ic+Ni5d7
増長って言うか他を同列に扱われたがらない類だわな
剛毅が行き過ぎて傲慢であったというのは同僚に対しての振る舞いをさすんだろうね
27 :名無し曰く、2010/11/17(水) 04:09:12 ID:zW/7vl9m
下に厳しいタイプだったんだよね?
関羽って三国志で一番の花形武将でカッコいいけど、知るほどちょっとがっかりする面もある。

戦国時代の津軽為信が髭をたくわえてたが、昔から武人の間でも人気があったんだね。

そういう意味じゃ、呂蒙さんは相手が悪過ぎるなw
28 :名無し曰く、2010/11/17(水) 08:08:39 ID:D6B5Wz9B
関羽は陳寿のようなこざかしい知識層が嫌いで、それゆえに悪く書かれている部分もあるでしょ
29 :名無し曰く、2010/11/17(水) 08:29:21 ID:k7wAUy9u
別に悪くは書かれてないでしょ
淡々とした記述が特色なんだから事実が書いてあるだけだし
感情込めてるのは曹植や孔明ぐらいだ
30 :名無し曰く、2010/11/17(水) 08:50:30 ID:D6B5Wz9B
>>27
違う、関羽は下にはとても優しいタイプで、逆に知識人を軽蔑していた
下に厳しかったのは張飛のほうで、張飛は上にはへりくだっていたと書いてある
32 :名無し曰く、2010/11/17(水) 12:58:13 ID:ic+Ni5d7
基本、二人とも 兄者>>(越えられない壁)>>それ以外 だしな
33 :名無し曰く、2010/11/17(水) 13:17:14 ID:zW/7vl9m
結び付きの強さが仇になった点多いよね。
イリョウの戦いも孫権が譲歩するという最後のチャンスまでも捨てたし。
34 :名無し曰く、2010/11/17(水) 14:55:42 ID:D6B5Wz9B
孫権が譲歩?どこにそんな事が書いてあるの
35 :名無し曰く、2010/11/17(水) 14:57:16 ID:1pr/N3u1
>>30
自分より上か下かではなく
関羽は兵卒には優しく、士大夫には傲慢
逆に張飛は君子にはへりくだって、小物には横暴
軍人の知識人へのコンプレックスが真逆な方向に表れた感じ

対句の文章にするために~、てことも頭の隅に置いといたほうがいい評価だけど
36 :名無し曰く、2010/11/17(水) 14:59:19 ID:1pr/N3u1
>>34
演義どころか、吉川も読んでない?
37 :名無し曰く、2010/11/17(水) 15:25:29 ID:zW/7vl9m
押されまくったから、ケイシュウ返すって言ってなかったっけ?
38 :名無し曰く、2010/11/17(水) 15:45:22 ID:zW/7vl9m
>>35
諸葛亮には心服してはいなかったのかな?
39 :名無し曰く、2010/11/17(水) 16:24:57 ID:D6B5Wz9B
>>36
そっちかよwバカじゃねえの
42 :名無し曰く、2010/11/17(水) 17:15:53 ID:MQsNm1Kk
またアンチ関羽が沸いてるのか
正史をかじったばかりで喋りたくてしょうがないんだろうけど、もっと関羽や劉備以外の列伝も読みなよ
演義や漫画を読んで五虎将軍のファンになったのはわかるが、演義で活躍した人物の列伝しか読まないのはもったいないぜ
43 :名無し曰く、2010/11/17(水) 17:53:12 ID:Y0o2NFLP
正史だと諸葛謹が関羽殺されて怒る劉備を諌める手紙を書いてるがその内容が酷い

「あなたと関羽との関係は主君と先帝(孫策)との親しい間柄には及ぶとお考えですか?」
とか書いてハイショウシに「文字の無駄」と叩かれまくってるw
45 :名無し曰く、2010/11/17(水) 19:35:55 ID:EH+7Db8E
>>43
ポカーンてさせるのが目的だったんだろうか
46 :名無し曰く、2010/11/17(水) 20:09:45 ID:ajjMwg5u
>>43
諸葛謹は孫権相手には、エスパーのように心を読めるけど、
もしかして孫権以外の相手には通用しない能力だったんだろうか?
47 :名無し曰く、2010/11/17(水) 20:39:41 ID:sZ88epsl
寧ろ孫権の心を読めたから おべっか使っただけだろ。 身内向けに。
どういっても収まらないだろうから 自分の保身だけを考えたというところ。
48 :名無し曰く、2010/11/17(水) 21:19:47 ID:tY04Eyqv
と言っても関羽は自業自得で死んだっていうのがその評価として正しいけどな
49 :名無し曰く、2010/11/17(水) 21:29:09 ID:Y0o2NFLP
>>47
しかし諌めるという目的が表面的だったとして稚拙すぎるように感じる
他の呉の臣たちは読んで違和感感じなかっただろうか
50 :名無し曰く、2010/11/17(水) 21:35:04 ID:HSIxUybV
諸葛謹の書状は正直知らんけど
>>43的な内容なら案外挑発だったんじゃないの
51 :名無し曰く、2010/11/17(水) 22:23:43 ID:BzuUBeCO
孫策が先帝ってどういうことなの…
52 :名無し曰く、2010/11/17(水) 22:43:14 ID:1pr/N3u1
>>51
だれもつっこまないようだが
当時の孫権は呉王だのに、孫策が先帝なわけないだろ
孫権が帝位についても、孫策は長沙桓王なんだし

先帝は胡三省の注釈に従い、漢の献帝としなければ
関羽の報復という小事より大義を優先しなさいという文意にそぐわない
ちなみに、蜀漢は献帝が殺害されたという誤報を根拠の一つに帝位を称しているから
関羽の仇討ちよりも、献帝の仇討ちを優先しなさいという論法が成り立つのね
デマを意図的に公式見解にしてる蜀漢への皮肉ともとれんこともないw

おまえら、ちくまの訳を妄信しすぎw
53 :名無し曰く、2010/11/17(水) 22:51:39 ID:ff1JJZCC
つまり、うちに攻め込むな。魏を攻めろってことか。
54 :名無し曰く、2010/11/17(水) 22:56:11 ID:1pr/N3u1
>>53
そーゆーこと

まあ、人様の領土侵略しといて勝手な言い分には違いないがw
趙雲らが諌めるならともかく、おまえが言うな状態
55 :名無し曰く、2010/11/17(水) 23:21:41 ID:/R+KDzE2
>>54
片腕殺して領土を奪った奴がんな事言ってたら、
挑発以外の何物でもないだろ。
56 :名無し曰く、2010/11/17(水) 23:36:17 ID:HSIxUybV
どうかな・・・
諸葛瑾の長子恪は亮だけでなく蜀将にそこそこ親しかったような形跡があるし、
次子喬は亮の養子になっているしで
諸葛瑾のポジションを今風の臣下に固定して見ちゃうと誤解しそうな気もするな
57 :名無し曰く、2010/11/17(水) 23:48:00 ID:1pr/N3u1
挑発つーよりも、なりふり構わず蜀との戦闘を先延ばしに
できることなら矛先をそらすための工作の一環だろうね
占領地の安定させ蜀漢迎撃の準備を整えるのが急務の状況で
呉も挑発なんてする余裕もメリットもあるわけがない
58 :名無し曰く、2010/11/17(水) 23:53:33 ID:/R+KDzE2
>>57
じゃあ、低身平頭して、「荊州返して臣下になるから許して下さい」ぐらい書いた方が良かったんじゃね?
その方が自分の事棚に上げて道理を説くよりも、よっぽど時間稼げないか?
59 :名無し曰く、2010/11/18(木) 00:24:05 ID:c8MWFDni
>>58
別にこの件に限らないけど
「俺だったらこうするのに」を妄想するよりも
なぜそのようなことが起きたかを考察したほうがよっぽど有意義だと思うよ
62 :名無し曰く、2010/11/18(木) 01:47:56 ID:XI4Qddkj
曹操には名ばかりの降伏をして臣下になれても
劉備にはそんなまねをしなかった

孫権の中では、劉備の下にはつけないとの思いがあったんだろうな
63 :名無し曰く、2010/11/18(木) 02:00:56 ID:hwruMIGF
>>58
荊州は元々呉の所有物で、貸し与えていたものを取り返しただけなので、
返すんじゃなくて割譲することになるね。
しかし劉備はそんなことでは絶対に許してくれないし、
その上、臣従したばかりの相手である魏からの援軍を頼めなくなる。
劉備は当然、孫権からこんな申し出があったけど断ったぞーと宣伝するだろうし。
最悪魏からも裏切り者として攻められることになりかねない。

しかし、今ちょっと正史を読み返してみたけど、
夷陵の時、孫権は魏に使者を送ってるけど助けを求めてはいないんだな。
結構余裕があったのか?まあ国力じゃ上回ってるしな……
64 :名無し曰く、2010/11/18(木) 03:49:27 ID:lNDKDpKx
>>35
関羽は優秀な兵卒には優しく平均より下の兵卒には厳しく、士大夫には傲慢
65 :名無し曰く、2010/11/18(木) 07:56:11 ID:VhiCSZIW
荊州はもともと呉の所有物っておかしいだろ
もともとは劉表のもので、劉表死後に曹操のものになって、赤壁戦後に荊州の一部が呉のものになったわけであって、呉が荊州のほぼ全てを手中にしたのは関羽を敗死させてから
66 :名無し曰く、2010/11/18(木) 08:00:44 ID:ToQGeDs4
まあ呉志に載ってる魯粛の言葉を見る限り、建前上はそういうことになってたようだよ
燭の言い分が残ってなくて呉の側しかないから、これも事実だったかは知らんが
67 :名無し曰く、2010/11/18(木) 09:31:35 ID:O1Bh4fp/
どっちにしろ劉備は江陵がなければ北にも西にもいけない
その戦略拠点を周瑜が攻め盗って魯粛が劉備に貸し与えたのは事実
立場は劉備の方が弱い
68 :名無し曰く、2010/11/18(木) 10:15:31 ID:C/gQmAm6
荊州を貸しておかなければ職との共同戦線など張れない
張れたとしても大して役に立たない
そのことに気がつくのはずっと後になってからなのだった

涼州と徐州じゃ遠すぎるよね
69 :名無し曰く、2010/11/18(木) 10:33:44 ID:VhiCSZIW
>>63
魏に援軍なんて頼んで、援軍のふりをして江陵を背後から脅かしたらどうするんだ?
自分らが蜀にしたことを魏がしないとは限るまい、だから援軍なんて要請はするまい
呉にとっちゃ蜀と争っている最中に魏が荊州に攻めてこないだけですごく助かるから、そのために臣従を申し出たわけだし
70 :名無し曰く、2010/11/18(木) 10:38:40 ID:o1aAM4bC
荊州(江陵)貸与について知識があやふやな人は「荊州貸与とは何か?」でググれ
よい考察なので一読をお薦めする
71 :名無し曰く、2010/11/18(木) 21:28:39 ID:SstHDBF/
そういえば、江夏はいつ劉備勢力から孫権勢力に移ったんだろう
赤壁当時に劉キの元に劉備が逃げ込んで
その後、劉備は荊州南部四郡制圧に向かったから・・・
215年の荊州分割当時?

作品によってはそれ以前(208~215年)でも孫権領になってたシナリオもあったはず
72 :名無し曰く、2010/11/18(木) 21:47:31 ID:Q7DIWafo
>>71
209年に劉キが荊州刺史になって、
その後釜の江夏太守に程普が任命された時じゃね?
74 :名無し曰く、2010/11/18(木) 22:30:11 ID:s9/7fhGv
>劉キの荊州刺史は江夏の北のほう。
間違えた
劉キの江夏太守は夏口の北のほう。
ちなみに黄祖も最初は夏口の北に居たし、劉キの城は曹操に取られた。
75 :名無し曰く、2010/11/19(金) 02:48:26 ID:lvCmpDor
>>64
だから優秀とはいえない、フシジンやビホウに裏切られた?
あ、あと自分は関羽アンチではない。
77 :名無し曰く、2010/11/19(金) 07:14:20 ID:Wd420HDr
義真将軍は過小。

統90武70知75政60魅80

くらいあってもいいと思うな。

黄巾シナリオ開始時は、老化で能力が下がっているのも可哀相。

三国志11皇甫嵩
統87武61知73政51魅72

184年黄巾の乱(53歳)
統84武59知70政49魅69

78 :名無し曰く、2010/11/19(金) 08:10:07 ID:5NxQDIoD
アンチ必死すぎ、
このスレも相当長く続いてるけど、毎月のように関羽敗死の話題を出し続けやがる
80 :名無し曰く、2010/11/19(金) 09:17:17 ID:kI1XYndp
しつこいなー
アンチではない。といってるし、折れは少なくともこのスレ北の前書いたのが初めてだし。
関羽の話題やめればいいんだな。
81 :名無し曰く、2010/11/19(金) 12:42:53 ID:/Mc+nhbh
すぐにアンチ認定したがる奴はどこにでも湧くなw
今までのスレの様子から言うと、劉備・関羽・姜維は荒れる話題三英傑。
82 :名無し曰く、2010/11/19(金) 13:05:25 ID:dEbYZLpz
張飛「くっ・・!姜維如きにオイラのポジションを・・!!」
83 :名無し曰く、2010/11/19(金) 13:07:31 ID:HNtPOLlT
延々と関羽・劉備の話題しかしたがらない奴らがウザイね、それしか語れないのかと
中身がスカスカの蜀志ばかり読んでないで、魏志や呉志も読もうぜ
85 :名無し曰く、2010/11/19(金) 15:05:03 ID:Fwl1ROLf
>>83
お前がネタふれば~?
86 :名無し曰く、2010/11/19(金) 15:08:46 ID:qadODvVQ
呉は同氏族ばかりで混乱するからとっつき難いんだよな
劉備、曹操はその点上手くバラけてる
87 :名無し曰く、2010/11/19(金) 17:21:59 ID:iW9GJT9s
?艾って文鴦と一騎打ちしてるけど
なんでこいつこんな強いんだろうな
88 :名無し曰く、2010/11/19(金) 17:36:34 ID:A4Fs/b1Z
>>83
アンチ蜀のにわか正史厨は三戦から出ないでね

ウザイから
89 :名無し曰く、2010/11/19(金) 18:13:34 ID:XFWNAedM
>>87
姜維とぶつけるためでは?
90 :名無し曰く、2010/11/19(金) 20:33:02 ID:+DA7f/WB
?艾だけじゃなく、子の?忠も姜維と一騎撃ちして殺されないくらいには強いわな
シリーズに登場するようになってこのかた、大概が武力は父親にひけをとらないほど
91 :名無し曰く、2010/11/19(金) 22:41:04 ID:dEbYZLpz
>>87
文鴦とやって殺られてないなら弱くはないでしょ。
だから大概は文鴦、姜維のワンランク下くらいの武力。
92 :名無し曰く、2010/11/19(金) 23:58:43 ID:kI1XYndp
トウガイが出陣前、スイザンケンの卦が出ているのを無視したって本当?
93 :名無し曰く、2010/11/20(土) 11:09:51 ID:8ngI2Hpo
?艾は政治が過小のような気がする
ただほっとくと総合一位になりそうな能力であるところがネックだなw
下げるとしたら魅力だけど、下げすぎるとあの強行軍を遂行できないような気がするので
そこらへんの調整が難しいところだな
94 :名無し曰く、2010/11/20(土) 11:34:40 ID:Cflecokf
>下げすぎるとあの強行軍を遂行できない

これこそまさに統率力じゃないですか
配下の兵への人望は全部統率でいいよ
95 :名無し曰く、2010/11/20(土) 14:06:37 ID:QoEagjdf
そういや朱桓て配下の信望は厚かったらしいが魅力は低いよな
96 :名無し曰く、2010/11/20(土) 15:58:08 ID:Bj5IM8cB
>>95
ときどき傲慢なことがあったっていうから、それじゃね?
98 :名無し曰く、2010/11/20(土) 16:14:20 ID:K53o/LMt
全ソウや胡ソウとのやりとりは凄まじいよな
孫権にとっては忠臣でも同僚はやり難かったろう
99 :名無し曰く、2010/11/20(土) 17:47:40 ID:MpHovwKx
朱桓と関羽はよく似てるなあ、君主タイプで一部将で収まるような器じゃないね
奇しくも関羽と同じ前将軍を務めてたんだね

魅力値は+20してもいいんじゃね、君主だった場合80は超えてるでしょう
100 :名無し曰く、2010/11/20(土) 20:33:46 ID:Z5cCf6ur
朱桓といえば濡須の戦いかなー
曹仁がダメだったのか朱桓が優秀だったのかいまいち分からん
101 :名無し曰く、2010/11/20(土) 20:46:28 ID:K53o/LMt
曹仁は陽動すべく一計を案じ、朱桓はまんまとクマーされてしまった
追い詰められた朱桓はここで「ピンチはチャンスだ」だと演説をぶち、部下たちは振るい立った
そして釣られて出てきた寡兵の朱桓に、曹仁はフルボッコにされてしまった
という流れだっけ

皆してヒャッハーな人たちだったんだろうな
102 :名無し曰く、2010/11/20(土) 20:53:37 ID:MpHovwKx
曹仁の統率+武力の合計値はかなり高いんだが、知力が平凡だから猪武者扱いなんだろうな
知力60が、猪武者かそうでないかの境目だと思う
103 :名無し曰く、2010/11/20(土) 20:57:40 ID:469xeVhX
でも、曹仁って要所要所で曹操に適切なアドバイスしたりしてるんだぜ?
張遼あたりよりは頭回るんじゃね?
105 :名無し曰く、2010/11/21(日) 00:43:11 ID:du8WhFqJ
曹仁
統率91 武力96 知力76 政治30 魅力78
槍兵A 戟兵B 弩兵C 騎兵S 兵器C 水軍B

正史基準だとこれくらいかな?
106 :名無し曰く、2010/11/21(日) 01:20:47 ID:UNsdLUXH
正史に武力の判断要素ほとんどねえよ
107 :名無し曰く、2010/11/21(日) 01:26:44 ID:hpKXXJou
ほとんどないけど曹仁にはあるな
96までいくかどうかはわからんが

それより戟の適正がわからんよ
呂布はまぁSでいいんだろうけど
108 :名無し曰く、2010/11/21(日) 01:30:37 ID:du8WhFqJ
呂布の戟がSって演義基準じゃないの
正史なら呂布は騎兵と弓系の適正が高くなるはず
109 :名無し曰く、2010/11/21(日) 01:58:23 ID:xYCl9wA1
ぼくのかんがえた過小武将たち
胡質 石苞 劉禅 王粛 曹休

あと留賛の特技は楽奏でいい
110 :名無し曰く、2010/11/21(日) 03:31:04 ID:KPCR/bCC
>>106
武力は何も一騎打ちだけのパラメータではないぞ。
兵を率いたときの攻撃力、敵を撃破した功績などで判断すればよいだけでは?

って観点からすると曹仁は武力(攻撃)<統率(防御)じゃないかと考えるが
111 :名無し曰く、2010/11/21(日) 03:39:04 ID:/WKhoF9m
許チョと典韋は別枠だけどw正史基準なら曹仁の武力は魏軍で
張遼と並ぶツートップになるだろうからね。90台には乗る。

法に厳しかった点を考えたら、政治はそこそこ上げておきたいところ。
蒋欽みたいな成長イベントでもいいけど。曹操の官位が上がったら成長?

戟適正はゲームでは防衛戦の兵科だから、曹仁は満寵文聘らと
同様にSでいいんじゃないの。

呂布の戟がSなのは方天画戟のお陰でしょうね。
あれがなけれが夏侯淵と似た様な適正になると思う。
戟をSにした分、兵器がCに下がってるのかな?
112 :名無し曰く、2010/11/21(日) 13:07:56 ID:sGqqLKQ4
槍適正ってどこで判断してんだろう?
1800年ほど前はまだ槍が誕生してなかったって言うから、演義から持ってきてるんだろうか。
113 :名無し曰く、2010/11/21(日) 15:04:43 ID:2VolWza2
>>91

ご免。
そうじゃなくて。元々文官なのになんで個人戦闘力も高いんだろう?
って思ったんだ。

どっかに記述あるかな。と
114 :名無し曰く、2010/11/21(日) 16:42:31 ID:fLCTNtdM
>>112
槍がその時代に無いって本当か?
原始時代からすでにありそうなもんだけど
115 :名無し曰く、2010/11/21(日) 16:44:51 ID:42tkkz1F
>>114
厳密には無い
後漢末や三国時代の長柄は戟や矛
戈は既に廃れてる
116 :名無し曰く、2010/11/21(日) 16:50:47 ID:THfd8jp2
中国の槍ってなんか少林寺とかで使ってる、柄のぐにゃぐにゃしなる短槍ってイメージしかないな
117 :名無し曰く、2010/11/21(日) 17:47:13 ID:/WKhoF9m
武器辞典で調べてみた。
槍の項目では諸葛亮が槍を開発したと書いてある。

「金皮」(ひ)という武器が春秋戦国時代からあって、どういうものか
分かっていなかったが、兵馬俑に装備されている槍のような武器の
ことだとわかった。穂先に茎があって、穂先だけだと剣に似ている。
そのため、剣と思って保管されていた武器も実は「金皮」だったり。

矛の項目では字面以外に槍との違いはないと書いてある。
BC16世紀から用いられていたが、諸葛亮が槍を開発するまでは
文献だけでよくわかっていなかったとか。

ショートスピアーの項目では、>>114の通り。太古から、全世界で。
118 :名無し曰く、2010/11/21(日) 17:49:13 ID:410D24iv
>>114
気になったからちょっとググってみた
中国における槍の起源は厳密には分からないが、大まかには隋唐の時代らしい
また相当眉唾だが槍の発明者は孔明先生らしい
122 :名無し曰く、2010/11/21(日) 19:01:53 ID:kyWxkqAx
馬数頭を使った戦車もあったけど、たいては相手に近づいたら馬から下りて戦うんだよね
123 :名無し曰く、2010/11/21(日) 19:33:48 ID:sGqqLKQ4
諸葛亮が槍を~ってくだりは、関羽がそろばんを発明したってくらい眉唾ものだなw

みんなが言うとおり、三国時代にはいわゆる槍がなかったわけだが、
それでも呂布の槍適正がAなのが疑問なんだよなー。
武器を持たせれば何でも卒なくこなすイメージがあるので。
124 :名無し曰く、2010/11/21(日) 19:42:21 ID:KPCR/bCC
>>113
そんなこと言い出すと、楽進だって元は文官だし、呂布ですら最初は主簿

中国では小役人から名将にステップアップする例も多いから
文官だからといって、武芸に通じずとは限らない

そもそも士大夫は、武芸のひとつも習得するのが慣例だぜ?
125 :名無し曰く、2010/11/21(日) 20:13:29 ID:oEpx+Vfs
文官あがりの将軍なんて珍しくも無いし。
程普や黄蓋だって、最初は文官だったんだぞ?
126 :名無し曰く、2010/11/21(日) 20:13:37 ID:zNC1oxsx
>>105
正史のみでもねえよ
呂布とやりあえる猛将曹仁いらね
127 :名無し曰く、2010/11/21(日) 20:30:01 ID:du8WhFqJ
ねえよとかいらねとだけ言われても
>>126の脳内イメージはどうでもいいんですがね
128 :名無し曰く、2010/11/21(日) 20:33:47 ID:oOUmtzgb
>>126
天上人なめんな
129 :名無し曰く、2010/11/21(日) 20:50:01 ID:zNC1oxsx
>>127
自分の数値も脳内だろ正史厨さん

130 :名無し曰く、2010/11/21(日) 20:52:20 ID:kyWxkqAx
またこの流れか、書き込む前に一旦トイレに行って冷静になろうよ
131 :名無し曰く、2010/11/21(日) 20:53:43 ID:du8WhFqJ
曹仁は正史では間違いなく個人武勇トップクラスだろう
それを脳内数値と言うなら>>129の数値と根拠を出してもらおうか
132 :名無し曰く、2010/11/21(日) 20:58:38 ID:UNsdLUXH
「正史で個人武勇トップクラス」って何なの?
なんかすごい頭悪いこと言ってるようにしか見えん
133 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:02:00 ID:du8WhFqJ
頭が悪いのはお前だろ、アホ?
134 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:02:42 ID:ovc+3K1r
むしろ正史のほうが趙雲以外は一騎打ちしかできない演義より派手なんだよなあ
135 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:06:01 ID:UNsdLUXH
あー、こういう奴か、なるほどな

>>133
じゃ、曹仁の武勇の高さを正史の記録から客観的に証明してくれ
どんだけ長くなってもいいからちゃんとしたやつを
136 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:10:54 ID:ovc+3K1r
・弓術、馬術、狩猟を好んだ。
・豪傑が蜂起したとき、千人余りを集め淮水あたりで暴れた。
・曹操が袁術を破った際、捕虜にした数や斬った数が多数であった。
・曹操が張繍に敗れた際、将兵を叱咤激励し獅子奮迅の働きをした。
・江陵で包囲された牛金を数十騎で救出、とって返し残された兵達も救い出した。

133じゃないけど個人武勇のみの部分だけでこれだけあるね。
137 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:22:57 ID:UNsdLUXH
とりあえずID:du8WhFqJが完璧な根拠を出してくれるのを待つわ
138 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:23:13 ID:c7Bm6VPX
>>134
曹仁の牛金救出は演義にもあるよ
第51回「曹仁大戦東呉兵」でタイトル通りの活躍をしてる
つうか趙雲以外にも張コウとか一騎駆けしてる武将たくさん居るし
139 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:25:18 ID:du8WhFqJ
>>137
めんどくさいのに絡まれたなあ
俺の挙げたかった曹仁の実績は>>136と同じだけどね
どう難癖つけるのか楽しみ
140 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:29:09 ID:dHHQBcL/
>>136
素直に評価できるのは5番目ぐらい
3番目は数だけ列挙されて具体的記述なし(曹仁の手柄になってる他の記述も副将だった徐晃伝の方が詳しい)
4番目は曹仁だけじゃなく許チョ、李通などにも同様の記載がある
141 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:31:47 ID:UNsdLUXH
>>139
自分で他人には根拠求めといて求められたらその態度だからな
ま、いいや

・弓術、馬術、狩猟を好んだ。
→好んだ、から?
・豪傑が蜂起したとき、千人余りを集め淮水あたりで暴れた。
→へー、暴れただけで武勇上がっちゃうの?
・曹操が袁術を破った際、捕虜にした数や斬った数が多数であった。
・曹操が張繍に敗れた際、将兵を叱咤激励し獅子奮迅の働きをした。
・江陵で包囲された牛金を数十騎で救出、とって返し残された兵達も救い出した。
→すべて部隊運用の巧緻であって武勇と直結するものではない

じゃ、できるだけ客観的に反論・説明してくれよ
お前がな
142 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:33:45 ID:8QxqYP/a
他に言及されてる人物を考えてみようぜ
驚くほど少ないから
143 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:35:33 ID:c7Bm6VPX
>>136
個人的武勇に関する記述の少ない正史では
かなりのものだが、武力96は過大だね
現状武力96と言えば趙雲&許チョで全武将中5位の数値になるが、
顔良文醜のような義系豪傑を抜きにしても
武力90台前半の甘寧や太史慈、張遼らより上に行くとは思えない
正史オンリーだったら董卓や呂蒙もかなりの位置につけてくるだろうしね
144 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:38:29 ID:ovc+3K1r
>>141
>→すべて部隊運用の巧緻であって武勇と直結するものではない

駄目だこりゃ。個人武勇について一騎打ちぐらいしか理解できていない
145 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:39:02 ID:8QxqYP/a
正史オンリーだったら呂布と太史慈と曹彰は抜けてるな
魯粛も結構記述があったような
146 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:39:38 ID:zNC1oxsx
>>136
だからって96ってことはない
太史慈93、典韋95、龐徳94、甘寧94などなどの上
にいくらしいから彼の中では
147 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:41:01 ID:du8WhFqJ
自分は「いらね」とか「ない」だけとか正史厨だのと言っておいて他人の態度には文句付けんのか

>→好んだ、から?
武術を好んだ、もしくは武芸に優れたというのは
正史で個人武勇を判断する上で重要な情報だと思うが
際立った武勇伝を持っていないならなおさら
曹仁は武勇伝もっているので吹き飛んでしまいがちだというだけ

>すべて部隊運用の巧緻であって武勇と直結するものではない
数十騎単位で大軍に突撃することを「部隊運用であって武勇とは関係ない」
とかいうなら合肥の張遼や黒山戦での呂布の数十騎の突撃も武勇として評価できないと?
丁奉や文俶の突撃、甘寧の奇襲なんかも武勇と関係無いと?

それなら君とは武勇の基準が違いすぎるのでこれ以上話しても意味無いね
148 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:41:14 ID:CAPAA7+z
>>140
悪いが、難癖つけたくて必死なようにしか見えん
特別それが事実と反すると証明するような根拠もないんだから
素直に加点要素にすればいいだろ
「許チョ、李通などにも同様の記載がある」から評価しないとか意味不明
曹仁も許チョも李通も活躍したと考えてはいけない強い根拠でもあるの?

いい加減、相手を論破することだけが目的の議論はやめようや
149 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:41:54 ID:oEpx+Vfs
>>143
裴注が引く傅子で「諸将の中で武勇が一番なのは曹仁で、張遼がそれに次いだ」って書いてんだけど。
魏で一番の猛将は正史では曹仁で張遼が二番手って評価だね。
150 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:43:00 ID:c7Bm6VPX
董襲も敵陣に突入して賊の首魁を自分で討ち取ったという記述がある
正史本文じゃないけど裴注では曹操も無双してるしね
間違いなく上位だけど武力90台後半はないわ
いいとこ90前後くらいでしょ
151 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:43:37 ID:du8WhFqJ
>>143
もともと正史のみではって意味だった
しかし董卓は上位には来てもトップクラスとまでは言えないと思う
呂蒙も同じく敵将を討ち取ってる関羽やホウトクには一歩劣る感じ
155 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:48:35 ID:c7Bm6VPX
>>149
裴注は厳密に言えば正史じゃない、つう揚げ足取りは置いといて、
個人的にはそういう評価がある、ってだけだね
遼来来と天上人では個人的には状況的に張遼のほうが上
つうか個人的武勇だったら別格の許チョが入ってないが、
そういうランキングなんでしょ

>>151
牛を素手で殺すなんて人間業じゃないよ>董卓
一騎駆けは頑張れば出来そうだが、野獣を絞め殺すのは無理だと
在日朝鮮人の空手家が言ってたよ
156 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:52:57 ID:dHHQBcL/
>>148
難癖にも何も>>105の曹仁の武力が過大だと思ったから
その根拠を上げたまでだが
曹仁伝は華々しい戦果が列挙されてる割には具体的記述が乏しい
曹仁伝はまるで曹仁の活躍が宛城での敗戦を覆したかのような記述だけど
李通伝には李通の加勢によって盛り返したとあるし
他の列伝との比較も必要だろう
157 :名無し曰く、2010/11/21(日) 21:56:24 ID:UNsdLUXH
>>144
「武勇」をどう広めに解釈しても三番目四番目はただの戦功なんだけど?
逆にどこまで広げようとしてんだ?

>>147
俺を誰かと混同してるな、ま、それはいい

>武術を好んだ、もしくは武芸に優れたというのは
好んだ、のレベルでメイン加点はあきらかに早計

>とかいうなら合肥の張遼や黒山戦での呂布の数十騎の突撃も武勇として評価できないと?
これだけの記述では、たいしてできない
少数部隊で多数に突撃をかけて成功させるのは相当部分戦術の問題で武勇は必ずしも直結しない

あの、何回も言ってるけど、君の「間違いなくトップクラスの個人武勇」の根拠がほしいんだけど
158 :名無し曰く、2010/11/21(日) 22:03:40 ID:CAPAA7+z
>>156
劣勢から立ち直った要因を、どうしても誰か一人の活躍に絞らないと気がすまないの?
様々な要因が絡み合うのが当然だと思うけど

最初に自分の結論ありきの、議論のための議論が目立つから、ちょっと方向転換してみては?
それでは、正史準拠で曹仁以上に武力評価が上だと思う人物を
具体的な根拠を添えて挙げていってみては?
それが明らかに相当数いるようなら、>>105の主張は過大だと証明されるだろ
159 :名無し曰く、2010/11/21(日) 22:09:42 ID:8QxqYP/a
あ、許チョと典イ忘れてた。以下全部正史

呂布
・弓馬の術に優れ、膂力は抜群であり、飛将李広に比せられた
・董卓の投げつけた手戟を素手で叩き落した
・呂布の乗った馬は堀を飛び越え、城壁を駆け上がった(振り落とされなかった)
・袁術と劉備が争った際、両者の仲裁をする
 「これから自分は 陣幕の門に掲げてある戟の小枝(鉤の部分)を射抜こうと思う
  当たったなら戦をやめなさい」といい、見事に当てて小枝を折ってしまった

許チョ
・身長8尺(192.8cm)、胴回りは10囲(魏晋における1囲は5寸=1寸は24.1mm。約120.5cm)もあり、膂力は抜群であった。
・砦が万余の賊に囲まれた際、湯飲みや枡ほどの石を敵に投げつけ、和睦に持ち込んでしまった
・和睦の条件として賊に食料として牛を与えたのだが、
 牛がすぐに逃げ戻ってきてしまったので、片手で牛の尾を持つと、そのまま引きずって賊のところに運んでいった
・曹操の衛兵が謀反した際、これを素手で打ち殺した
・曹操が馬超の奇襲にあって窮地に陥った際、許チョは曹操を船に乗せると、
 片手で馬の鞍を担ぎ、もう一方の手で船によじ上ってくるものを打ち殺した
 船頭が矢に当たってなくなると、片手で櫂をこいで川をさかのぼったので曹操は難を逃れることが出来た

・典イ
・膂力は抜群だった
・仇の代討ちをした際、数百人の衛兵に囲まれたが、典イを恐れて近づくことが出来なかった
 近づいたものも殺され、典イは逃げ延びることが出来た
・曹操と呂布が争った際、典イは手勢とともに殿を申し出た
 典イらには呂布の弓と弩が雨あられのごとく浴びせられ、典イらは楯に身を隠していたので敵を確認できなかった
 そこで、脇にいた者に「敵が十歩の位置にまで近づいたら言いなさい」と言った
 部下が「十歩です」あるいは「五歩です」というと、
 典イは両手に十余もの手戟をもって楯の陰から身を躍らせて飛び出し、敵に投げつけた
 戟に当たったもので倒れないものはなかった。やがて呂布らは引いた

ここらへんと曹仁のそれが比せられるかどうかだな
160 :名無し曰く、2010/11/21(日) 22:12:38 ID:du8WhFqJ
>好んだ、のレベルでメイン加点はあきらかに早計
別にこの記述だけで10も20も加点しようとか書いてないが?
お前があまりにも武芸の記述を軽視してるので突っ込んだだけ
さっきも書いたように武勇伝を持っている人物には吹き飛んでしまいがちだが
無い人物には非常に貴重な情報なんだが

>これだけの記述では、たいしてできない
ああそうなのとしか言えん
必ずしも直結しないというならどうしたら直結するの?

>あの、何回も言ってるけど、君の「間違いなくトップクラスの個人武勇」の根拠がほしいんだけど
トップクラスというのはトップ候補と言い換えてもいいよ
武勇伝って一言で言っても自分で敵将を切ったり敵兵を何十人も斬ったり
寡兵で大軍を破ったり武芸が凄まじかったりいろんな分野があるわけで
曹仁は「数十騎」で敵の「大軍」に突撃するという分野で呂布とともにトップ候補だということ
呂布の方が敵の数は多いが状況と戦果は曹仁の方が具体的だからな

161 :名無し曰く、2010/11/21(日) 22:26:15 ID:UNsdLUXH
>>160
>さっきも書いたように武勇伝を持っている人物には吹き飛んでしまいがちだが
>無い人物には非常に貴重な情報なんだが
お前自分の言ってること理解できてるんかな・・・
要するに「書かれないよりは書かれたほうがマシ」レベルってことなんだけど
トップクラスの個人武勇とやらを判断するメイン加点にはならない、というのは同意ってことでいいんだな?


>曹仁は「数十騎」で敵の「大軍」に突撃するという分野で呂布とともにトップ候補だということ
結局判断要素これだけか・・・
よく「正史基準で武力96」とか言えたなぁ
第一感的に>>106で呈した疑問の通りだったとしか思えんわ
162 :名無し曰く、2010/11/21(日) 22:26:24 ID:zNC1oxsx
>>161
それより96以上の根拠を言えよ
上に曹仁以上の武勇のやついるだろ
まさか呂布が具体的じゃないからってだけで言ってるのか
163 :名無し曰く、2010/11/21(日) 22:32:55 ID:zNC1oxsx
>>160
だった・・・
スマン161
164 :名無し曰く、2010/11/21(日) 22:41:06 ID:du8WhFqJ
>>161
>必ずしも直結しないというならどうしたら直結するの?
早く↑の質問に答えてくれ

>>106に同意とか言ってる時点でやっぱアホ丸出しだしな
つかマジレスすると>>147の
>それなら君とは武勇の基準が違いすぎるのでこれ以上話しても意味無いね
の時点でお前との議論は終わってんだけどな、それ以降はただの難癖
165 :名無し曰く、2010/11/21(日) 22:45:53 ID:du8WhFqJ
あと「メイン加点」の意味が分からんけど「大きな加点にはならない」なら同意
166 :名無し曰く、2010/11/21(日) 23:04:39 ID:UNsdLUXH
>>164
>>それなら君とは武勇の基準が違いすぎるのでこれ以上話しても意味無いね
>の時点でお前との議論は終わってんだけどな、それ以降はただの難癖
議論は終わりだの難癖だの言いつつ自分の言いたいことだけは言うのな
やっぱいろいろ酷いなこいつ・・・

>>必ずしも直結しないというならどうしたら直結するの?
>早く↑の質問に答えてくれ
どうしたら直結するのって何?無理やり直結する必要ないし、できるもんじゃない

「見解の相違」で拒否的意見を抹消するようなこいつ(と反論する俺)のレスが軸じゃ
他人のレスが全然成立できないわな
ま、正史武力なんてほとんど無意味みたいな野暮なこと、めったに言わんよ
できればこいつ共々無視してほしいんだが
167 :名無し曰く、2010/11/21(日) 23:08:36 ID:CAPAA7+z
>>160-166
結局口喧嘩したいだけなのね…
168 :名無し曰く、2010/11/21(日) 23:10:57 ID:du8WhFqJ
最初に「基準の相違が過ぎる」という意見を無視して
言いたいこと言ったのはお前だろ? どっちが酷いんだ

>「見解の相違」で拒否的意見を抹消するようなこいつ
おいおい、お前の基準の方が極論だっていってんだよ
多分お前の基準に納得する奴とかほとんどいないから

>ま、正史武力なんてほとんど無意味みたいな野暮なこと、めったに言わんよ
めったに言わないけどたまには言うんだな
>>106に同意とか言ってるとただの正史アンチと間違われるから気をつけろよ
169 :名無し曰く、2010/11/21(日) 23:16:05 ID:zNC1oxsx
>>158
>>167
上に曹仁以上に武力高そうな
やつ挙がってるじゃん
ID:du8WhFqJがそれ無視してるだけで
170 :名無し曰く、2010/11/21(日) 23:21:08 ID:UNsdLUXH
>>167
口喧嘩にしか見えないならまあ仕方ないな
こちらとしては、ID:du8WhFqJが非常に粗雑な材料しかくれないんだよ、としか言いようがないんだが

>>168
はは、そうかい
「正史からは武力はほとんど抽出できない」はそう極端でもないと思うがな
あといろいろわかってないみたいだが、もういいや
とりあえず俺以外にいっぱいレスあるからそっちのほうへレスしてこいや
171 :名無し曰く、2010/11/21(日) 23:28:44 ID:du8WhFqJ
>「正史からは武力はほとんど抽出できない」はそう極端でもないと思うがな
ああそう

>これだけの記述では、たいしてできない
>少数部隊で多数に突撃をかけて成功させるのは相当部分戦術の問題で武勇は必ずしも直結しない
武芸の記述を軽視してる上にこんな基準じゃそりゃできないよな
正史は一人の武勇伝は演義のトップクラスより少ない分
武勇伝をもってる人物の範囲は広いんだがな
172 :名無し曰く、2010/11/21(日) 23:30:03 ID:hpKXXJou
>>170
>「正史からは武力はほとんど抽出できない」はそう極端でもないと思うがな
とする理由を教えてもらえるかな
それなりに手がかりになる要素も含んでいるといえると思うが

まあ個人的には部隊攻撃力=統率でいいとは思っているので、
今の武力=部隊攻撃力には納得してないけど
173 :名無し曰く、2010/11/21(日) 23:39:35 ID:UNsdLUXH
>>172
まあ、>>2(最新作?)でいう武力は「部隊攻撃力 軍事の訓練、一騎討ちの際にも参照される」なんだけど
正史の記述じゃはこの意味でいう武力がほとんど抽出できない、ということを言いたいんだよね
174 :名無し曰く、2010/11/21(日) 23:42:44 ID:du8WhFqJ
つまりここで>>144に戻るわけか
本当に個人武勇に関して一騎打ちの強さとしか認識してないとは
175 :名無し曰く、2010/11/21(日) 23:44:59 ID:8QxqYP/a
でも朱桓にはフルボッコにされてるんだよな
96あると朱桓には余裕で勝ててしまう
176 :名無し曰く、2010/11/21(日) 23:45:56 ID:hpKXXJou
>>173
諸葛亮や杜預の部隊があまり強くないということだよ
統率=部隊攻撃力ならそれも解消される
個人的には正史の記述で統率および個人武力もある程度推察できると考えているんだが、
君の考えでは正史の記述では武力を抽出できない、と言っているので、
その理由を教えて欲しいと言ってるんだが
177 :名無し曰く、2010/11/21(日) 23:47:02 ID:CAPAA7+z
>>159
前から気になってたんだけど、腕力=武力なのかなあ?
そりゃあ、腕力馬鹿力エピソードを武力加点材料にするには異論ないけど
例えば武道だって、単純に腕力強い方が勝負で強いわけじゃないよね
単純に腕力が強い方が戦場や一騎討ちで強いわけじゃないと思うんだよね

許チョなんかの馬鹿力エピソードは、確かに正史でもトップクラスと思うけど
それが即武力トップクラスにつながるのかなあ?
評価材料としてどの程度の価値というか優先順位があるんだろう?

別にケチつけてるわけじゃなく、純粋に疑問と思って聞いてくれ
だって俺戦場に出たことも、一騎討ちしたこともねーからわかんねえw
178 :名無し曰く、2010/11/21(日) 23:50:31 ID:du8WhFqJ
>>175
それは水軍適正で表現できるだろ
曹仁本人は後方にいたから本人の武勇もあまり関係ないだろうし
179 :名無し曰く、2010/11/21(日) 23:51:02 ID:4JwBK09z
関羽や張飛はすごい能力値だけど、劉備は負けまくりだからな
180 :名無し曰く、2010/11/21(日) 23:55:46 ID:UNsdLUXH
>>174
お前に説明してるとスレが埋まりかねんから他行ってくれ
さよなら

>>176
統率=部隊の統率力、とするのはわかる、というかそれが自然だろうと俺も思う
じゃあ、それを抜いた武力=訓練上昇値および一騎討ちの強さ、が正史から読みとれるかというと
ほとんどの人物からは読み取れないだろうというのが考えで、
要は君の文脈(正史の記述で統率および個人武力もある程度推察できる)に答えるなら、
統率(部隊統率力)は成立する程度は材料あるけど、個人武力(訓練上昇値+一騎討ちの強さ)は
俺は正史からほぼ抽出できないと思ってるんだよ
181 :名無し曰く、2010/11/21(日) 23:58:03 ID:8QxqYP/a
>>177
三国志シリーズでは一騎打ちも兼ねるからね
演義だと呂布、典イ、許チョより、関羽m張飛、趙雲の戦歴ほうがよっぽど華々しいけどさ
それを主張するとこのスレでは不評でしょ
でもって、曹操が武力90、周瑜が89だった?は非難轟々だったし
だから統率なんてのが生まれたんじゃないかね
で、?では折角特殊攻撃以外の攻撃力と防御力は統率に統一されたのに、11でまた武力に振ってしまった
これで話がややこしくなった

ちなみに>>159であげられた3者は単に馬鹿力だけだっただけでなく、
呂布は李広に比較されたように、超世の傑と称えられてる様なもんだし
許チョと典イのそれはもはや投器術といえるような代物
太史慈の弓術は養由基と比較しても劣るもんじゃない
しかも、それでもって勝ったり作戦を成功させてるわけで

まぁなんだ
「歴史書に漫画のヒーローのような記述が載ってるよ」状態だな
一騎打ちを考慮するなら、一番振らなきゃいけない所だろう
182 :名無し曰く、2010/11/22(月) 00:00:18 ID:8QxqYP/a
>>178
その理屈だと総大将の能力値ってほとんど増減しないんじゃ…
183 :名無し曰く、2010/11/22(月) 00:06:33 ID:S8ykdtJ7
>>182
別にあの敗戦で曹仁の能力を下げることは反対してないよ
でも下げるなら水軍適正のがぴったりだと思うんだよな
ゲームじゃ司令官の後方指揮なんて概念が無いから難しいが
184 :名無し曰く、2010/11/22(月) 00:09:02 ID:liKw3x11
まあ一騎当千が好きな人は多いからな
俺もそうだし
武力=部隊攻撃でもいいわ
最近のシリーズは
演義+正史=光栄三国志な感じになってるしな
185 :名無し曰く、2010/11/22(月) 00:09:39 ID:PCoTOkGY
>>183
11なら元から壊滅的(Cですよ奥さん)なのにこれ以上どう下げると
186 :名無し曰く、2010/11/22(月) 00:10:45 ID:S8ykdtJ7
>>185
じゃあそのままでいいんじゃね?
187 :名無し曰く、2010/11/22(月) 00:13:11 ID:PCoTOkGY
>>186
そうだな。能力値含め、とりあえず現状維持でいいよな
適性は騎兵をSにすべきだとは思うが
189 :名無し曰く、2010/11/22(月) 00:19:12 ID:PCoTOkGY
演義の曹仁って一時的にでも周瑜を退けたのがミラクルなレベルの将だよな
190 :名無し曰く、2010/11/22(月) 00:23:17 ID:r30JjDad
>>181
いや、ごめん。俺そんなややこしいツッコミでなく
単純な腕力だけでなく、武器を扱う技量とか
戦場や一騎打ちの強さの要素って色々あるんじゃないかな?って話
単純な力持ちと場数踏んだ喧嘩慣れしたのが勝負するとどうなるのか?みたいな

曹仁の奮戦と許チョの馬鹿力とか、方向性が全然違う武力エピソードだから
それをどう比較すればいいんだろうって疑問

曹仁議論の人たち、そんな正史の記述をベースに
お互い自分の意見を正解と断定し、相手の意見を馬鹿扱いで全否定だけど
あんな俺には正直比べようもない正史の武力記述で
そこまではっきりと主張できて、武力の評価方がみんな確立してて凄いなあと関心してる
191 :名無し曰く、2010/11/22(月) 00:27:24 ID:PCoTOkGY
>>190
正史で曹仁は一騎打ちしてないし、演義だと周泰と分けたくらいだべさ
わからんものは評価のしようがないですわ
>>159でも述べたように「3者と比べられるような記述が曹仁にあるのか?」って話で

11がなけりゃ
「武力は演義だけで考えてください。正史部分の記述は統率で」と分けられたのにw
192 :名無し曰く、2010/11/22(月) 00:38:29 ID:PCoTOkGY
ちなみに演義における初期の曹仁は、兵を率いて出て行ってはやられるという役でしかない
それが周瑜をラッキーで退け、演義のあの関羽を相手にしのぎきる将にまでに成長するわけだ
そういう意味では11の成長型は有難かったんだが、
11の曹仁は別に初期値低くないし、覚醒型でもないしで宝の持ち腐れだったな

このスレにおいても、成長型については一時期を除いてトンと語られてないし、
ゲームやシステムと関係ない所で数値だけが一人歩きして格付けが進められてる感があるな
193 :名無し曰く、2010/11/22(月) 02:32:55 ID:gc1x/cOX
成長型はもう少し工夫されてたら面白かったのに
劉備とか孫権とか魏延とか弄ったら面白くなるんだけどな
194 :名無し曰く、2010/11/22(月) 08:59:03 ID:XxMHBho9
>>190
11はやってないので一騎討ちがどうなったかわからんが、10だと特技で表現できた
喧嘩慣れしてるやつは一騎討ち用の特技を沢山持っている。みたいに
195 :名無し曰く、2010/11/22(月) 10:42:06 ID:CPljvgML
結局曹仁の武力が許チョ・典韋と同格だという根拠は無し、ってことでFA?
196 :名無し曰く、2010/11/22(月) 11:57:29 ID:7J655+UR
?と11の特技を組み合わせたものが一番個性的でいいのかな
11の一人に一つだけの特技は「特殊特技」とし、?の数ある特技を各武将の個性付けに活用すればいい
ただ、?の内政特技と戦闘特技は出来ることが限られてしまい、邪魔くさかったな
198 :名無し曰く、2010/11/23(火) 08:10:16 ID:m3flyR/K
>>195
呉の南郡攻めのときに周泰と一騎打ちして
追い払われてなかったっけ?

その後ジュシュの戦いで
周泰が韓当と二人がかりで許チョと戦ってるし
許チョ=曹仁にはならないと思う。

許チョ>曹仁だと思う
200 :名無し曰く、2010/11/24(水) 07:34:42 ID:qeo1XDbW
正史カコートンネタは語り尽くさr

統80武75知60政75
↑大体いつもこんな感じに落ち着くよね
203 :名無し曰く、2010/11/24(水) 16:39:19 ID:nh+FyRpl
結局「いかに親族とはいえ無能な奴を曹操が重用するはずが無い」という希望的観測になるしな
205 :名無し曰く、2010/11/24(水) 17:22:34 ID:1YFC7wwB
ALL75だと、194年以降のシナリオなら100傑どころか50傑に入る超優秀武将じゃん
207 :名無し曰く、2010/11/24(水) 18:54:19 ID:7mfo0++b
夏候惇って呉でいうと呂範クラスじゃないの?

地位はトップクラスに高く実績もそこそこあるが、
曹仁・程普らスペシャリストに比べると活躍自体は顕著ではない

みたいな
208 :名無し曰く、2010/11/24(水) 20:48:57 ID:WQUCe2z5
正史の惇が知力75も行くわけない
武力75も正直怪しいが魅力は余裕だろう
209 :名無し曰く、2010/11/24(水) 21:11:08 ID:7aNU/cBr
>>207
でも、呂範の方がはるかに実戦指揮して勝った実績は多いんだよな。
活動の記録も軍事・政治の両面で夏侯惇より豊富だし。
210 :名無し曰く、2010/11/24(水) 21:57:22 ID:tHTlmT9m
結局正史準拠でまともな武力の査定なんてだせるわけないのに
なぜかいつも執拗に正史準拠にこだわるこのスレの住人の不思議
211 :名無し曰く、2010/11/24(水) 22:18:33 ID:e+Bd4Riv
>>210
でも、武力は部隊攻撃力だし、正史でも武勇に優れてたって評価を受けてて、
多くの武功をあげた猛将が大勢出てくるからな。武力は一騎打ちの強さだけと思うなら、
そりゃ正史準拠じゃ無理だろうが。
212 :名無し曰く、2010/11/24(水) 22:34:28 ID:WQUCe2z5
正史でも個人武勇を発揮してたり武勇に評判があったりする人物は大勢いるからな
どんな記述を重視するか違いはあるにせよ査定出せるわけない、なんてのは早計だ
213 :名無し曰く、2010/11/24(水) 22:39:45 ID:+/Ce032W
張バクの乱の時、城内の反乱者一掃は夏侯惇の武力査定にならないのか?
75はきびしくても70ぐらいは欲しい
214 :名無し曰く、2010/11/24(水) 22:54:42 ID:EFmdTxuZ
>>211
部隊攻撃力なるものこそ算出できないと思うんだけど
どうやるの?
215 :名無し曰く、2010/11/24(水) 22:59:41 ID:e+Bd4Riv
>>214
奮戦して敵をたくさん倒したとか、敵の部隊を破ったとか、敵将を斬ったとか捕らえたとか、
敵陣を落としたとか、そういうのを評価すればいいんじゃね?
216 :名無し曰く、2010/11/24(水) 23:05:10 ID:EFmdTxuZ
それ部隊防御力なるものとどう区別すりゃいいんだ?
んなもん神でもできないはずなんだが
217 :名無し曰く、2010/11/24(水) 23:20:52 ID:7mfo0++b
>>210
正史でも武力に該当する?個人武勇?部隊攻撃力を個別に査定は可能っぽい。
だけど一部で極端な齟齬が出ちゃうんだよね。

例えば留賛は攻撃力なら高い評価を得られるけど、個人としてはまともに歩くことも難しい。
一方糜竺は弓馬に通じる武芸者だが、指揮官としてはからっきしだったらしい。

こいつらは極端な例だし、他の能力でもズレることはあるんだけど、
演義は「腕力の強さ≒率いる軍の強さ」なとこがあるから、
演義と比べると悩みどころが多いのは確か。

魯粛は大前提として知力が90超えそうなくらい高くて、
兵を指揮するに整然としていたというから統率もそこそこあり、
その上で個人武勇だけみて武力高くしたら、軍功も殆ど無いのに稀代の名将が出来上がってしまう。
そこそこ武勇の逸話持ちなのにゲームで武力50台なのは、そういうバランスも考慮してじゃないかと思う。
218 :名無し曰く、2010/11/24(水) 23:25:33 ID:8kEGVmwl
>>216
陣地や城を堅守した、損害少なく勝った、巧みに兵を動かして勝った→統率
陣地や城を落とした、敵をたくさん斬った、勇猛さに任せて奮戦して勝った→武力
219 :名無し曰く、2010/11/24(水) 23:40:24 ID:EFmdTxuZ
正史はほとんど数字ないし、比較的損害が少ないとかたくさん斬ったとかは全然比べられんよ
巧みに兵を動かした・勇猛さに任せて云々なんて数人記録あればいいほうじゃん

部隊攻撃力/防御力は光栄が作り出したゲーム上の数値で
そんなもんが正史から取り出せると考えちゃうとひどく間違った方向に行くと思うんだけど
220 :名無し曰く、2010/11/24(水) 23:50:16 ID:eQ2joANe
>>219
正史にせよ、演義にせよ、完全な数値化なんて不可能だぜ?
だからといって、どちらにせよ参考にしなけりゃ数値も出せないぞ

それとも正史は数値化できないが演義だと数値化できるとでも?
221 :名無し曰く、2010/11/24(水) 23:52:26 ID:8kEGVmwl
>>219
めんどくせえ野郎だな。具体例を示して説明してんのに。
本当に正史読んだの?武将だった奴の伝記読めば、なんぼでもその手の記述はあるんだけど。
222 :名無し曰く、2010/11/25(木) 00:00:27 ID:4ySVsEXL
>>214 216
すっごい大まかに言って、
?参謀として活躍が知力、?(大軍の)司令官として活躍が統率、?(少数の)部隊長として活躍が武力
こんなイメージが基本なんだと思う。

?の部隊長として活躍って、典型例を挙げると楽進みたいな「誰某の下で奮戦し、余人にさきがけて突入し~」
みたいに自ら前線に立って敵を打ち破ったとなるので≒部隊攻撃力高い、みたいな理屈になるんだと思う。

まぁしかし数はあまり多くないが負け戦で奮闘し殿の役目を果たしました的な軍功もあり、
これはタイプとしては?の人間が得意とする気がするけど、分類上は?が上がってしまうので、
忠実にやろうとするとこれまたズレの原因となりうるかもしれない。
223 :名無し曰く、2010/11/25(木) 00:10:42 ID:1ECquu2C
つーか、なんで正史準拠に固執するの?
コーエーのゲームは演義基本に正史考慮の折衷型なんだが
正史語る俺ってカッコイイ?
三戦板ででも存分に語ってこいよ
224 :名無し曰く、2010/11/25(木) 00:30:00 ID:vTk1rk2E
>>220
違う、そういう話じゃない
とうぜん正史演技関係なく部隊攻撃力/防御力は分離できないって話をしてる

>>221
具体例の体をなさないっつってんのに訳わからんレスだな
225 :名無し曰く、2010/11/25(木) 00:34:29 ID:4ySVsEXL
>>220-221
俺は217で「正史で部隊攻撃力は出せる」と言った立場だけど、219の言いたいこともなんとなく判る気はする。

攻撃・防御で割り切るとすると、
曹操20万の侵攻を3万で食い止めた周瑜も防御、諸葛亮数万の軍勢を千で支えたカク昭も防御と言える。
でも感覚的には前者は統率系、後者は武力系であった方がシックリくるように感じる。
前者は陸遜とか司馬懿とか陳泰、後者は朱然や甘寧の活躍に通じていて、前後に断絶を覚える。

規模の過多で割り振ってゲーム上の反映には目を瞑った方が『らしい』能力値に近づく予感はある。


>>223
そういうこというとまた話題が変わっちゃうぜー。
攻撃・防御問題は演義にもそのまま当てはまるんで(一騎打ち強い張飛は殿でも糞強い)
後にしてくれい。
226 :名無し曰く、2010/11/25(木) 00:37:56 ID:vTk1rk2E
>>222
んー・・・
その三パターンで分離するのはかまわないだろうけど、大軍を指揮した人物(司令官的ポジション)が限られ過ぎてて
したことない人間全部の数値が適当になっちゃうんだよね
非常に大事なパラメータになるだろうからそれもどうかな・・・
227 :名無し曰く、2010/11/25(木) 00:52:29 ID:4ySVsEXL
>>226
戦争系能力に限らず、
殆ど官僚的な実績ない人間の政治を「闇市管理してたから色つけようぜ!」みたいな適当さは、
もう避けては通れないんでないかな。程遠志みたいなちょい役も登場した以上5つ付けなきゃいかんのだから。

下位陣はちょっとしたエピソードや期待値、全体のバランスで割り振るしかない。


ところでちょっと俺自身混乱してきたけど、
「正史で武力は決められない」>>210~と
「部隊攻撃力の単独算出はムリ」>>214~は、
似てるけど文脈別だよね?
228 :名無し曰く、2010/11/25(木) 01:17:48 ID:vTk1rk2E
>>225
ついでにひとつ指摘しておきたいんだが、カク昭が諸葛亮を退けたような籠城戦が
部隊防御力なるものに反映されるとしたらそれこそ出鱈目なことになるんだわ

たとえば羅憲が2000の兵で陸抗の3万を半年だか一年だかを守りきった永安籠城戦が
羅憲の部隊防御力(統率)100、陸抗の部隊攻撃力(武力?)50程度として
そんまま原野戦(遭遇戦でも会戦でも)の戦闘の優劣に反映されると考えてしまうのは
酷いことになるし明らかに不正確
(じゃあ羅憲の武力を20にしよう、というのも変な話になる)

お遊びと割り切って考えてみても、原野戦を含んだ個人の用兵に攻撃力と防御力があるという考え方は
特に防御力を考えるときに「なにそれ?」となるんだよね
229 :名無し曰く、2010/11/25(木) 01:27:04 ID:YqL+8+oK
>>228
君が言ってるのはつまり正史にしろ演義にしろ人間の能力は簡単に数値化できないって風に見えるけど
しかしそんな当たり前のことを言われてもしょうがない
それなりに見えるものにしようってだけの話なんだから
230 :名無し曰く、2010/11/25(木) 01:45:56 ID:vTk1rk2E
>>227
とはいえ司令官としての用兵は大半の武将で未知数だから徒手空拳に近くなると思うんだけどな
特に蜀には主だった将軍にすらそんな経験ほとんどないし
ま、でも、そういう区分がしたいなら反対しないよ

>>229
だから違う、俺が言ってるのは数値化の難しさじゃない
部隊の用兵に攻撃力、防御力なんて分け方は基本「ない」つってんのよ
籠城力≠部隊防御力を説明したかったのが>>228で
231 :名無し曰く、2010/11/25(木) 02:07:51 ID:YqL+8+oK
>>230
しかしこのスレの前提として>>2がある
防衛にすぐれた事跡を残したものが統率が高くなるのは自然だろう

君の言いたいことがよくわからんが、要するに光栄ゲームでは項目が足りなく
篭城戦での適正および数値と原野戦での適正および数値は区別して考えられるべきである、ということか
232 :名無し曰く、2010/11/25(木) 02:43:34 ID:vTk1rk2E
光栄三国志を前提にするなら、光栄の武力は主に演義の一騎討ちを参考に数値化して、
それを一騎の優劣に使うだけじゃさびしいからゲーム的に部隊攻撃力として反映しちゃったというとこだろう
ここで、こちら側が部隊攻撃力/防御力なる固有の概念がある(抽出できる)と考えちゃあかんでしょ、ってことさ
233 :名無し曰く、2010/11/25(木) 02:56:27 ID:YqL+8+oK
>>232
はっきりいってなにを言いたいのかさっぱりわからない
部隊攻撃力/防御力なるものがないっていうことを言いたいんだろうが、
それがなにを意味するのかがわからない
光栄の統率/武力の区分が無駄だということだろうか
234 :名無し曰く、2010/11/25(木) 03:06:41 ID:vTk1rk2E
なんだそりゃ、そっからかw
上のほうで、普通に部隊攻撃力なるものがある、抽出できるという前提でなんか語られてたから
そんなもんないでしょって言いたかっただけだよ
どうりで応答が成立してないと思ったわ
235 :名無し曰く、2010/11/25(木) 09:49:53 ID:z+WhuBSM
>>223
正史の話題が嫌ならお前が演義の話題で盛り上げたらいいんじゃね?
そういうこともせずに文句だけ言う奴が一番このスレにいらないんだが
236 :名無し曰く、2010/11/25(木) 11:08:49 ID:4ySVsEXL
>>228
それって反映のさせ方、結果と優劣を直結させてしまうという極端さの問題なんでないかな。

統率・武力が攻撃・防御だろうと大軍・部隊の指揮能力だろうと、
そんな極端に勝った方に傾斜配点したら不都合出るのも止む無しかと。
(つまり、攻撃・防御の議論に限らない)

曹操と周瑜だって「何時いかなる状況でも常に周瑜は五倍以上の曹操軍を防げます」ってくらい能力差をつけたら、
そら酷いし明らかに不正確でしょ。

現実には水上戦・冬・疫病みたいな状況の重なりがあって初めて可能になったわけで、
それを「能力差として」そのまま普遍的に反映したら曹操涙目すぎる。

いきなり両者の『優劣』を問おうとすると当然こういった状況の違いは無視できなくなるが、
ただ個人の能力を評価するだけなら、「状況の助けがあったとはいえ守った周瑜(羅憲)はすごい」で済むはず。
水軍適正とか(そんなのないけど)拠点守備用の特技でもあれば尚ベスト。

分野が違うという問題自体は、
農業改革に精を出してた人間が市場経済政策にも精通してるとは限らんが、
たった一つしかない「政治」を高くするしかないし、ゲーム上政治に関わるあらゆる分野で活躍してしまうのと一緒。
記述量の限界、能力基本5つの制限を思えば、こういうのは期待値として割り切るっきゃない。

基本としては成功者の方を成功した分だけ評価してあげれば、
(周瑜・羅憲側の統率値だけ評価してやれば)
今言われたような問題は「大きくは」でないんじゃないかと。
細かくみれば絶対になくならない問題だしね。
237 :名無し曰く、2010/11/25(木) 11:22:58 ID:q2mh27GU
一応ツッコンで置くが羅憲は2000の兵で陸抗の3万を防いだわけじゃない
2000はあくまで閻宇の配下、領軍の羅憲の兵は別
だいたい羅憲の相手は歩協で野戦で負けて篭城だし、陸抗は魏への牽制
238 :名無し曰く、2010/11/25(木) 12:32:20 ID:nn84rPHQ
>>237
ただの牽制だったとは初めて聞いたなぁ
どこに書いてた?
241 :名無し曰く、2010/11/25(木) 19:21:19 ID:PsDkCb0r
思うのはそもそも統率が部隊守備力、武力が部隊攻撃力と安易な位置づけしたことが問題だろうね
統率は大部隊、武力は小部隊になればなるほど意味を持つようにすれば良かったのに
個人の武勇がものをいうパターンってたいてい孤立無援の寡兵の時だし
具体的には武力が100なら一騎当千、90なら900人分、1なら10人分の被害を与えたり減らしたりできるとか
それなら悪来虎痴も十分ボディーガードの役割果たせる
統率はそのまんま部隊の攻撃力と防御力で、そこに個人の武力分の数値が加味される的な
242 :名無し曰く、2010/11/25(木) 19:38:35 ID:Rz9264FP
でも、ゲームでの能力の定義を無視して議論すんのも何だかなと思うな。
ゲームでの使い道と史実・演義の描写に照らし合わせて、評価を考えるべきだろう。
243 :名無し曰く、2010/11/25(木) 21:01:02 ID:jT7WkJrJ
>>242
俺もそう思う。
そもそも光栄ゲームには統率・武力・知力・政治などがパラメータとして設定されてるんだから、
そのパラの位置づけに文句をつけるのはノンセンスだろう。
武将の過小・過大を評価する際は、おとなしく>>2を参考にすべきなんじゃないか?
246 :名無し曰く、2010/11/27(土) 18:46:28 ID:BTkEbSFD
許楮と周泰の差が分からん
247 :名無し曰く、2010/11/27(土) 22:19:15 ID:j2/fJmhr
>>246
演義での活躍、蜀将とのかかわり
248 :名無し曰く、2010/11/27(土) 22:29:16 ID:f8g7swqi
>>246
許楮→側近の親衛隊長
周泰→子飼いの猛将
249 :名無し曰く、2010/11/29(月) 21:29:48 ID:yXeIKGA/
田豊の政治87って高すぎないか?
智謀が90超えるのは分かるんだ(曹操への攻撃タイミングはどれも正しい判断だと思える)。
だけど、いまいち民政で成功した感じがしない。
ちなみに政治87っていえば陸遜や羊コ、その一つ上の88には荀攸や孫権がいる。
250 :名無し曰く、2010/11/29(月) 21:39:03 ID:FQUE+rtY
演義だと純軍師だが正史の田豊は内勤もやってたから良いんじゃないかね
251 :名無し曰く、2010/11/29(月) 22:16:58 ID:/2TubGFV
一応田豊は冀州別駕で、冀州の政治のトップだけど、政治的な業績が全くないから、
60台ぐらいでいいんじゃねえか?
253 :名無し曰く、2010/11/29(月) 22:45:49 ID:FQUE+rtY
政治的な業績がまったく無いというが
そもそも袁家の政治的な業績なんてほとんど分からんぞな
254 :名無し曰く、2010/11/29(月) 22:54:16 ID:/2TubGFV
官渡の戦いで軍務を統括した審配と逢紀は政治高いんじゃね?
官渡における袁紹軍の後方支援体制は相当大したものだから、
それを仕切ってたら政治を高くしてもいいだろう。
255 :名無し曰く、2010/11/29(月) 22:56:31 ID:FQUE+rtY
しかし、官渡の頃には既に牢屋の中…
幽州の頃のことがもっと分かればな…
257 :名無し曰く、2010/11/29(月) 23:23:21 ID:O8gUiI2B
政治70ある雑魚文官って、だいたいそこそこ業績残ってる奴らだろ。
259 :名無し曰く、2010/11/29(月) 23:55:05 ID:FQUE+rtY
まぁそういえばそうだな…その基準だと魏呉はともかく蜀は…
ま、その方が四英死後の乙ップリが増して良いか
260 :名無し曰く、2010/11/30(火) 00:14:33 ID:AEqmV1FK
>>257
たしかに70後半には業績の残ってる人物もいるけど
基本的に70台って特筆すべきことのない凡庸な武将に当てられる数字じゃないか?
261 :名無し曰く、2010/11/30(火) 08:38:30 ID:1GON984g
凡庸で70台は高杉
70以上なら上位4割に入るし、凡庸は60台だろう
50台ならやや劣る、40台ならはっきり劣る、30台なら著しく劣る、20台ならゴミ、10台ならゴミ以下
262 :名無し曰く、2010/11/30(火) 10:54:05 ID:eaHqLjsV
政治は県令で60、太守で70、中央高官で80が基本。
あとは業績によって+-すればいい。
263 :名無し曰く、2010/11/30(火) 12:15:26 ID:+03Ebwxu
>>249だけど、田豊が陸遜や羊コ、孫権と並ぶくらいの数値なのが不思議なんだ。
80ちょいくらいで良いんじゃないかと。
そもそも陸遜の政治87も若干過大気味だとは思うが。
264 :名無し曰く、2010/11/30(火) 12:42:17 ID:fHWS06AE
政治87は過大かもだけど肥的には
軍師級=内政やらせりゃ並以上はできるはずって解釈なんじゃないの。
265 :名無し曰く、2010/11/30(火) 18:23:05 ID:8+nWuYSJ
三国時代の登場人物ではないけど
三国志11の張良の能力なんかも結構ひどい
政治に関する功績はないのに名宰相レベルの95、魅力91にいたってはなぜか蕭何を上回っている
267 :名無し曰く、2010/11/30(火) 23:41:07 ID:ew/fJJ0B
>>260
インフレに慣れ過ぎじゃねーの
269 :名無し曰く、2010/11/30(火) 23:54:57 ID:yJr/nWyp
前期と後期で大分数字の重さが違うけどな
後期だと70台は超有能になっちゃうからな
271 :名無し曰く、2010/12/01(水) 10:56:07 ID:+jsMnxO0
>>262
曹爽「ついに俺の時代が…」
274 :名無し曰く、2010/12/01(水) 23:53:38 ID:+3luNRhU
初期でも皇甫嵩なんかは過小じゃないか
武力61はないわ
魅力も皇帝になるように薦められるぐらいなんだからもっと高くてもいい
275 :名無し曰く、2010/12/02(木) 00:00:21 ID:g5EDjC2b
皇甫嵩は弓術と馬術の名人だから、もっと武力高くてもいいだろうなあ。
276 :名無し曰く、2010/12/02(木) 00:33:59 ID:maRYAVab
>>265
張松「イケメン補正っしょ。」
277 :名無し曰く、2010/12/02(木) 05:08:23 ID:OvA7xHuS
正史基準だろうと演義基準だろうと、
劉備はさすがに過小評価過ぎると思う。

1代で身を起こして、どんな逆境でも軍団は壊滅せずに軍閥形態は維持。
部下の管理に長けて、常に自身も最前線。
推測だけど恐らく直接自身で討ち取った数も他の有力武将に全く劣らないはず。

統率は90以上、政治・武力は80台半ばあっても全く問題ない気がする。
別に劉備ファンでないが、ここまで主人公補正がない奴も珍しいと思ってるw
278 :名無し曰く、2010/12/02(木) 05:31:12 ID:Ymt8Qui6
三国志が魅力だけが能の劉備を関張やら孔明やらが支えりる物語だからじゃないか
279 :名無し曰く、2010/12/02(木) 05:49:46 ID:MKMG69M3
演義はある種貴種流離譚の典型だからな
貴種流離譚はwikiから抜粋すると
>「高貴な生まれの、弱く、力ない人間が、遠い地をさすらう苦悩を経験する」
>(それを護持する有力な随伴者を設定する場合もある)
ということなんで、世界中で見られる物語の典型の一種だね
西遊記なんかも似たような構造を持ってる

正史の劉備だと能力は高くなると思うけど一流どころには漢中以外勝ってないので、
統率85ぐらいが妥当だと思う
280 :名無し曰く、2010/12/02(木) 05:59:15 ID:faQ+Wzu7
いいところ70位だろ。
紀霊とドッコイドッコイくらいで良いとおもうが。
281 :名無し曰く、2010/12/02(木) 06:21:57 ID:Ymt8Qui6
そういや紀霊の武力って過小じゃね?
282 :名無し曰く、2010/12/02(木) 09:31:01 ID:8roUJWoK
>>249
むしろ孫権88にびっくりした。
晩年の印象強すぎる
283 :名無し曰く、2010/12/02(木) 09:42:47 ID:IZ2NQdRQ
正史の劉備は信長スレでいう高統率、適性微妙がしっくりくる
安定して強いけど爆発力があったり部将として大戦果を挙げるタイプじゃないというか
284 :名無し曰く、2010/12/02(木) 10:51:54 ID:gL+j7P20
うちの三国志11の劉備は統率86にしてある。デフォは低すぎ
285 :名無し曰く、2010/12/02(木) 12:44:40 ID:HbVdziJd
>>281
董卓麾下の諸将と同様。
主君のおかげで強制マイナス補正。
286 :名無し曰く、2010/12/02(木) 13:28:57 ID:atjnysSX
統率…部隊の攻撃、守備力、訓練での兵の練度の上昇度
武力…戦法の威力、一騎打ちの強さ、治安維持の上昇度
知力…計略の攻撃力、成功率、耐性、新兵器の開発力
政治…外交での発言力、内政全般の開発力、兵糧、金の取引量
魅力…武将の登用のし易さ、内政で民が協力してくれる確率

目安
統率…曹操軍1000と劉禅軍10000で曹操軍壊滅時の劉禅軍の残り兵力3000くらい
武力…呂布軍の騎馬突撃を孔明軍に行った場合、5000の減少、同じ突撃を張飛軍に行った場合、2000の減少
知力…陸遜から士仁への計略成功率100%。孔明から仲達への計略成功率70%。逆は1%。
政治…甘寧が商人と取引した場合の取引量:張昭がやった場合のそれの比率=1:90
魅力…数値-20+1が民協力発生イベント率。

これじゃ駄目なの?
287 :名無し曰く、2010/12/02(木) 14:00:22 ID:Ymt8Qui6
>>285
董卓一味は低能力高適正が似合うと思う
11やったことないけど
?なら騎馬熟練高いとか
288 :名無し曰く、2010/12/02(木) 15:20:06 ID:gL+j7P20
聞き間違いかもしれないが、ドラマ三国志(three kingdom)で、

董卓軍第一の猛将 呂布
第二の猛将 李傕
第三の猛将 郭?
第四の猛将 華雄

って言ってたけど、実際どうなの?
李傕、郭?も悪い将ではないが、
俺はここ10年、華雄が二番目だと思ってたんだが…
291 :名無し曰く、2010/12/02(木) 19:34:16 ID:aSHvE2aC
>>288
華雄なんてほとんど記録が無いだろ。
それより記述が多い李カク・郭シが上に来るのは当然だと思うが。
李カクは呂布を退けたことがあるしな。
292 :名無し曰く、2010/12/02(木) 21:04:53 ID:jfrd4qak
>>288
えーと、マジレスするなら、

董卓軍第一の猛将 徐栄 曹操と孫堅に勝った
董卓軍第二の猛将 樊稠 馬騰に勝った 李カク軍最強武将
董卓軍第三の猛将 郭? 関東に出撃して朱儁を撃破して、各地を暴れ回って敵無し 馬騰に勝った 
                 李カクの数万の兵を数百で撃破
董卓軍第四の猛将 李カク 郭?と共に関東に出撃して朱儁を撃破して、各地を暴れ回って敵無し 馬騰に勝った
董卓軍第五の猛将 呂布 曹操に一度だけ勝ったけど、あとは連戦連敗 個人的武勇だけなら最強だが集団戦に弱い

こんな感じになるんじゃね?
華雄は番外。
293 :名無し曰く、2010/12/02(木) 21:15:41 ID:Ni+DSHdh
なんで演義完全無視が前提なの?
コーエーの三国志シリーズのスレなのに
史実語りがしたいだけなら三戦板とかあるだろうし
294 :名無し曰く、2010/12/02(木) 21:22:41 ID:aSHvE2aC
呂布が曹操に勝ったことってあったか?
295 :名無し曰く、2010/12/02(木) 21:37:40 ID:jfrd4qak
>>293
いや、演義だとぶっちぎりで呂布一位、二位が華雄であとは雑魚ばかりだから、
ランキング付けても面白くないのよ。

>>294
エン州で一回だけ
296 :名無し曰く、2010/12/02(木) 21:47:17 ID:aSHvE2aC
>>295
濮陽の件は勝利とは言えないだろ。
それと、光栄三国志はあくまでも演義を元にして作ってあるんだから、正史だけでランク付けするのは意味がない。
297 :名無し曰く、2010/12/02(木) 22:38:26 ID:ak5BtgTi
>>296
だから、演義と正史の両方でランク付けしてるんじゃね?
そもそも、演義董卓軍は呂布と華雄以外は一騎打ちカス過ぎてランク付けする気すらしねえよ。
298 :名無し曰く、2010/12/02(木) 22:44:06 ID:QQZqS3xG
後期武将は集結シナリオで見ると能力が低く感じるもんな
蜀将はいいとして他どのくらい足せば遜色ない程度になるんだろ
299 :名無し曰く、2010/12/02(木) 23:01:57 ID:ayZDlmK9
>>298
よくねえ
過少評価多いぞ
孔明に持ってかれてるから

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